・『死者の書』の構成の変遷/最初の雑誌発表時との違い
・後の単行本化の際に、冒頭の章が大きく入れ替わる
・なぜ折口信夫は『死者の書』の構成を変えたか
・大東亜戦争と折口信夫
・硫黄島で戦死した折口春洋からの手紙
・戦死した未完成霊をどう鎮めるか/大事な部分が欠落した戦後の日本社会
「硫気ふく島」 釋迢空
たたかひのただ中にして、
我がために書きし 消息
あはれ ただ一ひらのふみ―
かずならぬ身と な思ほし―
如何ならむ時をも堪へて
生きつつもいませ とぞ祈る―
きさらぎのはつかの空の 月ふかし。まだ生きて子はたたかふらむか
洋(わた)なかの島にたつ子を ま愛(ガナ)しみ、我は撫でたり。大きかしらを
たたかひの島に向ふと ひそかなる思ひをもりて、親子ねむりぬ
物音のあまりしづかになりぬるに、夜ふけけるかと、時を惜しみぬ
かたくなに 子を愛(メ)で痴(シ)れて、みどり子の如くするなり。歩兵士官を
大君の伴の荒夫のすねこぶら つかみなでつつ 涕ながれぬ
横浜の 方町さむき並み木はら。木がらしの道に 吹きまぎれ行く
こがらしに 並み木のみどりとぶ夕。行きつつ 道に 子を見うしなふ
あひ住みて 教へ難きをくるしむに 若きゆゑとし こらへかねつも
南島 死者の書 岡野弘彦
―きさらぎのはつかの空の 月ふかし。まだ生きて
子はたたかふらむか― 釋迢空
南(みむなみ)の涯の小島に 仇の艦(ふね)せまるを待ちて まだ生きてをり
硫気噴く島の巌(いはほ)をうがちたる 柩のごとき室(むろ)に わが棲む
ひたすらに命生きよと さとしつつ 常たぢろがず 栗林忠道
季節なき洋(わた)の小島にすぐる日の あなたづきなし。年暮れむとす
爆死せし友の屍をうづみ終へ 息づくわれも 肌焦げてをり
翳り濃き 阿壇(あだん)のやぶにひそみ啼く こゑ凶まがし かつを鳥の群
仇の艦(ふね) 海をうづめて迫る日も 雛そだてをり 島の水鳥
永劫の夜闇に臭ふ壕の底。チブスを病みて 兵らうごめく
また一人 命絶えたる骸より 蛆ほろほろと 離れゆくなり
敵艦の齋射はてなくつづく夜を ひそめる島の地軸 とどろく
兵二万 肉(しし)むら焦げて死に果てし なげきの島に 機はくだりゆく
黒々と焼けて粒だつ島の砂 踏みしめて われの足裏(あうら) 疼けり
壕の壁に指もて彫(ゑ)りし言の葉の あな幼(いと)けなし。母をよぶなり
生きかはり 死にかはりつつ伝へおかむ。命の際の 母をよぶ声
永らへて八十(やそ)の命を生きし身は、何つぐなはむ。若き君らに
目も鼻も 焼けとろろぎし愛(かな)し子を 抱きしめて われも ともに滅びむ
力には力もて対(むか)ふむなしさを つぶさに知りて 死にゆきしなり
新憲法 生(あ)れいでし日のよろこびを はかなく 人は忘れなむとす
百万の若き命を死なせたる轍(わだち)を 君ら 踏むことなかれ
この星の か弱き命とげゆかむ。神よりも深き 死者の願ひぞ
『歌壇』 平成19年7月号
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