源氏物語講座


 

目次
1.はじめに
2.七日七日に仏かゝせても、誰(た)がためとか心のうちにも思はむ
3.それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、
4. 世の人に似ず、ものづつみをし給ひて、人に物思ふ気色を見えむを、
5. (源氏)「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。
6. (源氏)「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。
7. 夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、
8. 竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつゝかに鳴くを聞き給ひて、
9. (右近)「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、
10. (源氏)「はかなびたるこそは、らうたけれ。
11. かの伊予の家の小君参る折りあれど、ことにありしやうなる言伝てもし給はねば、
12. なほ、かのもぬけを忘れ給はぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。


1.はじめに


・フォーラム「『源氏物語』と根生いの心 〜世界に響くやまとことばの世界〜」(平成15年6月開催)について


2.七日七日に仏かゝせても、誰(た)がためとか心のうちにも思はむ

テキスト・142頁2行目より


七日七日に仏かゝせても、誰(た)がためとか心のうちにも思はむ」と宣へば、(右近)「何か隔て聞えさせ侍らむ。みづから忍び過ぐし給ひし事を、なき御うしろに、口さがなくやは、と思ひ給ふるばかりになむ。親たちははやうせ給ひにき。三位の中将となむ聞えし。いとらうたきものに思ひ聞え給へりしかど、我が身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、命さへ堪へ給はずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭の中将なむ、まだ少将にものし給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、みとせばかりは心ざしあるさまに通ひ給ひしを、こぞの秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしき事の聞え、まうで来(こ)しに、ものおぢをわりなくし給ひし御心に、せむかたなくおぼしおぢて、西(にし)の京(きやう)に御めのとの住み侍る所になむ、はひ隠れ給へりし。


3.それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、

テキスト・142頁12行目より

それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、今年よりはふたがりけるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、見あらはされ奉りぬる事と、おぼし嘆くめりし。


4.世の人に似ず、ものづつみをし給ひて、人に物思ふ気色を見えむを、

テキスト・142頁15行目より

世の人に似ず、ものづつみをし給ひて、人に物思ふ気色を見えむを、恥づかしきものにし給ひて、つれなくのみもてなして御覧ぜられ奉り給ふめりしか」と語り出づるに、「さればよ」と、おぼしあはせて、いよいよ哀れまさりぬ 。

5.(源氏)「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。

テキスト・143頁2行目より

 (源氏)「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。(右近)「しか。をとゝしの春ぞ物し給へりし。女にて、いとらうたげになむ」と語る。(源氏)「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我にえさせよ。あとはかなくいみじと思ふ御かたみに、いと嬉(うれ)しかるべくなむ」と宣ふ 。


6.(源氏)「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。

テキスト・143頁6行目より

(源氏)「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、はぐくまむに咎(とが)あるまじきを、そのあらむ乳母(めのと)などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひ給ふ。(右近)「さらばいと嬉しくなむ侍るべき。かの西の京にて生ひ出で給はむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」と聞ゆ。

7.夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、

テキスト・143頁11行目より

 夕暮(ゆふぐれ)の静かなるに、空の気色いとあはれに、おまへの前栽(せんざい)かれがれに、虫のねも鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるやうにおもしろきを、見わたして、「心よりほかにをかしきまじらひかな」と、かの夕顔のやどりを思ひ出づるも恥づかし。   

8.竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつゝかに鳴くを聞き給ひて、

テキスト・143頁15行目より

 竹のなかに家鳩(いへばと)といふ鳥の、ふつゝかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に此の鳥の鳴きしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、おもかげにらうたく思ほしいでらるれば、(源氏)「年はいくつにか物し給ひし。あやしく、世の人に似ずあえかに見え給ひしも、かく長かるまじくてなりけり」と宣ふ。

9.(右近)「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、

テキスト・144頁2行目より

(右近)「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、捨ておきて侍りければ、三位の君のらうたがり給ひて、かの御あたり去らず、おほしたて給ひしを、思ひ給へ出づれば、いかでか世に侍らむとすらむ。いとしも人にと、くやしくなむ。物はかなげに物し給ひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろ、慣らひ侍りけること」と聞ゆ。

 

 

10.(源氏)「はかなびたるこそは、らうたけれ。

テキスト・144頁6行目より

(源氏)「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく、人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心慣らひに、女は只やはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、哀れにて、わが心のままにとりなほして見むに、なつかしくおぼゆべき」など宣へば、(右近)「このかたの御好みには、もて離れ給はざりけりと思ひ給ふるにも、くちをしく侍るわざかな」とて泣く。

 空のうち曇りて、風ひやゝかなるに、いといたくながめ給ひて、

 

  (源氏)「見し人のけぶりを雲とながむれば夕べの空もむつまじきかな」

 

と、ひとりごち給へど、えさしいらへも聞えず。「かやうにておはせましかば」と思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧(きぬた)の音をおぼし出づるさへ、恋しくて、(源氏)「まさに長き夜」と、うちずんじて、臥(ふ)し給へり。

 

 

11.かの伊予の家の小君参る折りあれど、ことにありしやうなる言伝てもし給はねば、

テキスト・145頁3行目より

 かの伊予の家の小君参る折りあれど、ことにありしやうなる言伝(ことづ)てもし給はねば、うしとおぼしはてにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひ給ふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下(くだ)りなむとするを、さすがに心細ければ、おぼし忘れぬるかと、こゝろみに、(空蝉)「うけたまはり悩むを、言(こと)にいでてはえこそ、

 

  とはぬをもなどかととはで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るゝ

 

ますだは、まことになむ」と、聞えたり。珍しきに、これもあはれ忘れ給はず。(源氏)「生けるかひなきや、誰(た)が言はましごとにか。

 

  空蝉の世はうきものと知りにしをまた言の葉にかゝる命よ

 

はかなしや」と、御手もうちわなゝかるゝに、乱れ書き給へる、いとゞうつくしげなり。

 

 

12.なほ、かのもぬけを忘れ給はぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。

テキスト・145頁13行目より

なほ、かのもぬけを忘れ給はぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。かやうに憎からずは聞えかはせど、け近くとは思ひよらず。さすがに言ふかひなからずは見え奉りてやみなむ、と思ふなりけり。