目次
1.大正天皇の御集『おほみやびうた』について
2.六条わたりの御忍び歩きのころ、
3.御車いるべき門はさしたりければ、
4.御車もいたくやつし給へり、
5.切り掛けだつ物に、いと青やかなるかづらの、
6.さすがにざれたる遣戸口に、
7. 引き入れており給ふ。惟光が兄の阿闍梨、
8. かたほなるをだに、めのとやうの思ふべき人は、

1.大正天皇の御集『おほみやびうた』について


大正天皇の御集『おほみやびうた』について

「邑心文庫という本屋から大正天皇の御集『おほみやびうた』という名前でこういうきれいな本が出ました。ほんの最近出たんですが、私が解題と解説を書いております。その中に、大正天皇がいかに漢詩、そして和歌に優れていられたかということを言っています。」

「例えば、日本の皇室がきちんと一夫一婦の形になったのは大正天皇からですね。そして、お二人の間にお生まれになった四人の男の皇子様がそれぞれ立派にお育ちになった。あそこから近代の皇室、昭和も、そして今の平成の世の皇室もああいう形が決まったわけです。」


2.六条わたりの御忍び歩きのころ、

テキスト・105頁1行目より

 六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり。

3.御車いるべき門はさしたりければ、

テキスト・105頁9行目より

 御車入るべき門は鎖したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、桧垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影、あまた見えて覗く。立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに丈高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと、やうかはりて思さる。

4.御車もいたくやつし給へり、

テキスト・100頁10行目より

 御車もいたくやつしたまへり、前駆も追はせたまはず、誰れとか知らむとうちとけたまひて、すこしさし覗きたまへれば、門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、「何処かさして」と思ほしなせば、玉の台も同じことなり。

5.切り掛けだつ物に、いと青やかなるかづらの、

テキスト・100頁14行目より

 切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。


 「遠方人にもの申す」


 と独りごちたまふを、御隋身ついゐて、


 「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける」


 と申す。げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、


 「口惜しの花の契りや。一房折りて参れ」

 とのたまへば、この押し上げたる門に入りて折る。

6.さすがにざれたる遣戸口に、

テキスト・100頁17行目より

 さすがに、されたる遣戸口に、黄なる生絹の単袴、長く着なしたる童の、をかしげなる出で来て、うち招く。白き扇のいたうこがしたるを、


 「これに置きて参らせよ。枝も情けなげなめる花を」


 とて取らせたれば、門開けて惟光朝臣出で来たるして、奉らす。

 「鍵を置きまどはしはべりて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき大路に立ちおはしまして」とかしこまり申す。

7.引き入れており給ふ。惟光が兄の阿闍梨、

テキスト・101頁3行目より

 引き入れて、下りたまふ。惟光が兄の阿闍梨、婿の三河守、娘など、渡り集ひたるほどに、かくおはしましたる喜びを、またなきことにかしこまる。


 尼君も起き上がりて、


 「惜しげなき身なれど、捨てがたく思うたまへつることは、ただ、かく御前にさぶらひ、御覧ぜらるることの変りはべりなむことを口惜しく思ひたまへ、たゆたひしかど、忌むことのしるしによみがへりてなむ、かく渡りおはしますを、見たまへはべりぬれば、今なむ阿弥陀仏の御光も、心清く待たれはべるべき」


 など聞こえて、弱げに泣く。

 「日ごろ、おこたりがたくものせらるるを、安からず嘆きわたりつるに、かく、世を離るるさまにものしたまへば、いとあはれに口惜しうなむ。命長くて、なほ位高くなど見なしたまへ。さてこそ、九品の上にも、障りなく生まれたまはめ。この世にすこし恨み残るは、悪ろきわざとなむ聞く」など、涙ぐみてのたまふ。

8.かたほなるをだに、めのとやうの思ふべき人は、

テキスト・101頁7行目より

 かたほなるをだに、乳母やうの思ふべき人は、あさましうまほに見なすものを、まして、いと面立たしう、なづさひ仕うまつりけむ身も、いたはしうかたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。


 子どもは、いと見苦しと思ひて、「背きぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふ」と、つきしろひ目くはす。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室