テキスト・64頁9行目より
人並々にもなり、すこしおとなびむに添へて、また並ぶ人なくあるべき』やうなど、かしこく教へたつるかなと思ひたまへて、われたけく言ひそしはべるに、すこしうち笑ひて、
『よろづに見立てなく、ものげなきほどを見過ぐして、人数なる世もやと待つ方は、いとのどかに思ひなされて、心やましくもあらず。つらき心を忍びて、思ひ直らむ折を見つけむと、年月を重ねむあいな頼みは、いと苦しくなむあるべければ、かたみに背きぬべききざみになむある』
とねたげに言ふに、腹立たしくなりて、憎げなることどもを言ひはげましはべるに、女もえをさめぬ筋にて、指ひとつを引き寄せて喰ひてはべりしを、おどろおどろしくかこちて、
『かかる疵さへつきぬれば、いよいよ交じらひをすべきにもあらず。辱めたまふめる官位、いとどしく何につけてかは人めかむ。世を背きぬべき身なめり』など言ひ脅して、『さらば、今日こそは限りなめれ』と、この指をかがめてまかでぬ。