目次
1. はじめに
2. うちより御使ひあり、三位のくらゐ贈り給ふよし
3. はかなく日ごろすぎて、のちのわざなどにも
4. 「なきあとまで人の胸あくまじかりける、人の御おぼえかな」
5. 野分だちて、にはかに肌寒き夕暮れのほど
6. しばしは夢かとのみたどられしを
7. 「目も見え侍らぬに、かくかしこき仰せごとを光りにてなむ」

第1回〜第4回講義 収録講義音声:著作権者 國學院大學院友会 2001

1.はじめに

『万葉集』に歌謡風の訳をつけるこころみ

東歌とか防人歌などは、同じ『万葉集』でも都の創作歌人たちの作品とはちょっと感じが違ってくる。こういう東の人々の生活の中で歌われていた民謡的な作品、あるいは民謡的な作品が身についているから、そこから流れ出るように歌われてきた防人歌のような作品は、散文で訳するよりも、ちょっと時代を近づけた、新しくした歌謡の形で訳するのが面白いのではないかと思う。時に七五七五七五七五の今様の形、あるいは五七五七の四連か五連の形というふうな、そのとき、そのときで気分によって多少形は違う。きっと、訳したものを見ていただくと、いとも簡単に訳していったように読んでくださるだろうと思う。もちろん、そのように読んでいただけるのが一番ありがたいのだが、しかし、その形にするまでには、時に自分の作品を創作するよりも苦心が要る。

 「鈴が音の 早馬駅のつつみ井の 水を賜へな。妹が直手よ」(万葉集巻十四・三四三九)

    りんりんと ひびきおこりて
    鈴が音の 早馬の朝出
    つつみ井の 湧井の水を
    をとめごよ 我にたまへな
      その手もて 結びたまへな

2.うちより御使ひあり、三位のくらゐ贈り給ふよし

テキスト・30頁15行目より

 うちより御使ひあり、三位のくらゐ贈り給ふよし、勅使きてその宣命よむなむ、かなしき事なりける。女御とだに言はせずなりぬるが、あかずくちをしうおぼさるれば、いまひときざみの位をだにと、おくらせ給ふなりけり。これにつけても憎み給ふ人々おほかり。物思ひ知り給ふは、さまかたちなどのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく憎みがたかりし事など、今ぞおぼし出づる。さまあしき御もてなしゆゑこそ、すげなう、そねみ給ひしか。人がらのあはれになさけありし御こゝろを、うへの女房なども、恋ひしのびあへり。「なくてぞ」とは、かゝる折りにやと見えたり。

3.はかなく日ごろすぎて、のちのわざなどにも

テキスト・31頁7行目より

 はかなく日ごろすぎて、のちのわざなどにも、こまかにとぶらはせ給ふ。ほどふるまゝに、せむかたなう悲しうおぼさるゝに、御かたがたの御とのゐなども、絶えてし給はず、ただ涙にひぢて明かし暮らさせ給へば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。

4.「なきあとまで人の胸あくまじかりける、人の御おぼえかな」

テキスト・31頁10行目より

「なきあとまで人の胸あくまじかりける、人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿などには、なほ許しなう、宣ひける。一の宮を見奉らせ給ふにも、若宮の御恋ひしさのみ思ほしいでつつ、したしき女房、御めのとなどを遣はしつゝ、ありさまを聞こしめす。

5.野分だちて、にはかに肌寒き夕暮れのほど

テキスト・31頁14行目より

 野分だちて、にはかに肌寒き夕暮れのほど、つねよりもおぼし出づる事多くて、ゆげひの命婦といふを遣はす。夕月夜のをかしきほどに出だし立てさせ給ひて、やがてながめおはします。かうやうの折りは、御あそびなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音をかき鳴らし、はかなく聞え出づる  言の葉も、人よりは異なりしけはひかたちの、面影につと添ひておぼさるゝにも、やみのうつゝにはなほ劣りけり。
 命婦かしこにまかでつきて、かど引き入るゝよりけはひあはれなり。やもめずみなれど人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひたてて、めやすき程にて過ぐし給ひつる、やみにくれて伏し沈み給へるほどに、草も高くなり、野分にいとゞ荒れたるこゝちして、月かげばかりぞ、やへむぐらにも障らずさし入りたる。
 南面におろして、はゝ君もとみにえ物も宣はず。(母君)「今までとまり侍るがいと憂きを、かゝる御使ひの、よもぎふの露わけいり給ふにつけても、いと恥づかしうなむ」とて、げにえ堪ふまじく泣い給ふ。(命婦)「『まゐりてはいとゞ心苦しう、心ぎもも尽くるやうになむ』と、内侍のすけの奏し給ひしを、もの思う給へ知らぬここちにも、げにこそいとしのびがたう侍りけれ」」とて、やゝためらひて、仰せごと伝へ聞ゆ。

6.しばしは夢かとのみたどられしを

テキスト・32頁15行目より

(命婦)「(主上)『しばしは夢かとのみたどられしを、やうやう思ひしづまるにしも、さむべきかたなく堪へがたきは、いかにすべきわざにかとも、問ひ合はすべき人だになきを、しのびては参り給ひなむや。若宮の、いとおぼつかなく、つゆけきなかにすぐし給ふも、心ぐるしうおぼさるゝを、とく参り給へ』など、はかばかしうも宣はせやらず、むせかへらせ給ひつゝ、かつは人も心よわく見奉るらむと、おぼしつゝまぬにしもあらぬ御けしきの心苦しさに、うけたまはり果てぬやうにてなむ、まかで侍りぬる」とて、御文たてまつる。

7.「目も見え侍らぬに、かくかしこき仰せごとを光りにてなむ」


テキスト・33頁5行目より

(母)「目も見え侍らぬに、かくかしこき仰せごとを光りにてなむ」とて見給ふ。
 (主上)「ほど経ば少しうち紛るゝ事もやと、待ち過ぐす月日に添へて、いと忍びがたきは、わりなきわざになむ。いはけなき人をいかにと思ひやりつゝ、もろともにはぐくまぬおぼつかなさを、今はなほ、昔の形見になずらへてものし給へ」など、こまやかに書かせ給へり。

 (主上)「みやぎのの露ふきむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ」

とあれど、え見給ひはてず。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・國學院大學院友会・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室