目次
1. はじめに
2. 忠実な逐語訳で読みたい『源氏物語』
3. いづれのおほん時にか
4. はじめよりわれはと思ひあがり給へる御かたがた
5. かんだちめ、うへ人なども、あいなく目をそばめつゝ
6. 父の大納言はなくなりて、母北の方なむ
7. さきの世にも御ちぎりや深かりけむ
8. 一のみこは右大臣の女御の御はらにて
9. はじめよりおしなべてのうへ宮づかへし給ふべききはには

eテキスト (PDF形式・76KB)

第1回〜第4回講義 収録講義音声:著作権者 國學院大學院友会 2001

1.はじめに

「源氏全講会」の伝統

『源氏物語』は、國學院にはやはり『源氏物語』を講義せられた先生が古くからいられるが、その中で、私に関連した先生の『源氏物語』ということになれば、三矢重松先生が「源氏全講会」をやっておられ、そして三矢先生の一番の弟子であった折口信夫先生がそれを引き継いで講義された。

折口信夫に対しては、「物すごい、天才と言ってもいいような若者がいる」という評判の一方で、例えば『古事記』を「日本の叙事詩だ」とする折口に対して、「叙事詩とはけしからん、あれは神典である、神の御書である」というふうに弾劾する傾向もあった。折口信夫の博士論文に対してもそういう非難があったのを、最後の国学者と言われる三矢重松先生が説得し、抑えて、折口信夫の博士論文が通ったというふうに先生の思い出話に聞いたことがある。「僕の若いころは、国学院の学問もまだ窮屈だったんだよ」というふうに言っておられた。

2.忠実な逐語訳で読みたい『源氏物語』

スケールの小さいものに変えられている現代の源氏ブーム

たくさんの『源氏物語』の現代語訳が出ているので、そういう現代語訳を読み比ベてみたが一番感じたのは、最近の現代語訳は、言ってみれば忠実な訳ではなくて、むしろ現代の感覚で、『源氏物語』を、勝手に翻案している、しかもまるっきりスケールの小さいものに変えてしまっている。紫式部は途方もない女流作家であるから、現代の少々評判の作家でもとても及ぶものではない。それから、物の考え方、男女の愛のあり方も、源氏のころのあり方と現代の我々の心のありようを比べたら、我々の心のありようは薄っぺらくてどうにもならない。そういうことを考えると、『源氏物語』のあの内容は非常に重いもので、訳するのにも、できるだけ忠実な逐語訳で訳していくのが正しいことだと思う。

3.いづれのおほん時にか

テキスト・25頁2行目より

 いづれのおほん時にか、女御更衣あまた侍ひ給ひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれた時めき給ふ、ありけり。

4.はじめよりわれはと思ひあがり給へる御かたがた

テキスト・25頁4行目より

 はじめよりわれはと思ひあがり給へる御かたがた、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず、あさゆふの宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心ぼそげに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

5.かんだちめ、うへ人なども、あいなく目をそばめつゝ

テキスト・25頁9行目より

かんだちめ、うへ人なども、あいなく目をそばめつゝ、いとまばゆき人の御おぼえなり。もろこしにも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、あしかりけれ、と、やうやう、あめのしたにも、あぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃のためしも、ひきいでつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。

6.父の大納言はなくなりて、母北の方なむ

テキスト・26頁2行目より

 父の大納言はなくなりて、母北の方なむ、いにしへの人の由あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえ花やかなる御かたがたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたてゝはかばかしきうしろみしなければ、ことある時は、なほよりどころなく心細げなり。

7.さきの世にも御ちぎりや深かりけむ


テキスト・26頁6行目より

 さきの世にも御ちぎりや深かりけむ、世になく清らなる玉のをのこ御子さへ生まれ給ひぬ。いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなるちごの御かたちなり。

8.一のみこは右大臣の女御の御はらにて

テキスト・26頁8行目より

一のみこは右大臣の女御の御はらにて、寄せ重く、疑ひなき儲けの君と、世にもてかしづき聞ゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、わたくしものにおもほしかしづき給ふ事かぎりなし。

9.はじめよりおしなべてのうへ宮づかへし給ふべききはには

テキスト・26頁12行目より

 はじめよりおしなべてのうへ宮づかへし給ふべききはにはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、じやうずめかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、さるべき御あそびのをりをり、なにごとにも、ゆゑあることのふしぶしには、先づまうのぼらせ給ひ、ある時にはおほとのごもり過ぐしてやがて侍はせ給ひなど、あながちにおまへ去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづからかろきかたにも見えしを、このみこ生まれ給ひてのちは、いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にもようせずは、この御子のゐ給ふべきなめりと、一の御子の女御はおぼしうたがへり。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・國學院大學院友会・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室