若水をくむ

目次
1. 若水をくむ
2. 今様 昔話―この世にはあらぬむごき話して、人の世のあはれを知るが、まことの昔話なりしものを



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1.若水をくむ




映像&音声
38分51秒

 

・年の初めの予祝の行事

「昔の農村なんかの生活感覚ですと、十五日正月と言って、十五日まではまだ正月のうち、あるいは七日松の内は正月の気持ちで過ごしたわけです。さらに農村なんかでは、月半ば、十五日正月まで、『鳥追い』とか、『もぐら打ち』とか、『庭田植え』とか、年の初めのいろんな予祝の行事があって、これがなかなか忙しかったんです。一年の初めのときに、凝縮した形でその一年の通しの収穫の予祝をしておかないと、その年がいい年にならないという農耕生活の上の長い信仰があって、それを非常に大事にして生きていたわけです。戦後、一番変わったのは、まずそういう部分ですね。」


<若水をくむ

 初めて若水をくんだのは、五歳になった正月のことである。
 大歳(おおとし)の夜を眠らないで過した母親は、父が森の中の神社へ歳旦(さいたん)祭に上ったのち、私を起こして、家の下を流れる川へ若水をくみにゆくための羽織・袴(はかま)をつけさせ、川の神にとなえる呪文(じゅもん)をおしえる。

    今朝 くむ水は
     福くむ 水くむ 宝くむ
      命ながくの 水をくむかな

 くり返し暗誦(あんしょう)したのち、男衆の万さんの提灯(ちょうちん)に照らされた暁闇(ぎょうあん)の道を、雪を踏み分けて川辺へ下る。
 そのころ父は神社の本殿にこもって、いつものように「神風の伊勢の雲出(くもづ)の川上、朝川夕川の瀬の音(と)きよきこれの河内(かふち)を、鎮宮(しづみや)どころと定めまつりて…」と、祝詞をとなえているにちがいないと思いながら、私も川の上流に向かって、声を張って呪文をとなえ、新しい白木の手桶(ておけ)に入れてきた洗米と切弊(きりぬさ)を水の神に祈って散米して、澄み透った水を流れに逆らう形で桶にくみ取る。
 万さんは帰りの坂道で、重い手桶を持った私をささえながら、「坊さんもやがて立派な神主さんになって、お父さんのあとを継ぎなさるんやなぁ。三十五代目の大きなふし目の神主さんですぞ」と感慨ふかい様子でいう。祖父のころから三十年も家に居て、家族のようになっている人だ。
 私は万さんの話よりも、この細々とした雲出川の流れが、幾つもの村々を流れ下って、やがて伊勢湾にそそぎ入る、まだ実際には見たことのない、青々とした海と空の涯(はて)しない広がりを空想して、ひそかに胸をときめかしている。やがて海抜千メートルの山々にかこまれた山あいの小さな盆地にも、東の空の暁の色がほのかにとどき始めた。
 家に帰ると母はねぎらいの言葉をかけながら若水を受け取り、茶釜で福茶のお湯をわかしにかかる。初めて大人にまじって年初の行事の一役をつとめたという興奮の中で、祭りを終って帰ってきた父に、さっき川辺で思った海への連想を話してみたくなった。「お父さん、ぼくはまだ海を見たことがない。早く海を見たい」。自分の言葉が思いがけず唐突になったのにとまどっていると、父の答えはさらに思いがけなかった。
 「谷川で若水をくみながら海を思ったのか。それは面白い。山の村へ来られる正月さまは、空から山を伝って谷川や尾根道を村里へ降りて来られる。ところが海岸の村では、正月さまは遠い海の彼方(かなた)から、青波の上を渡って新しい年の幸福を運んで来て下さる。それがこの日本列島に住む者の信じている神さまの姿なのだ」と語ってくれた。
 思えば父も母も若かった。八十を過ぎた今も、匂(にお)うような正月の母の姿を忘れない。

 餅花のすがしき土間におりたてる
 睦月の母の声徹るなり

(東京新聞 2007年1月4日夕刊に掲載)

 

2.今様 昔話 ―この世にはあらぬむごき話して、人の世のあはれを知るが、まことの昔話なりしものを



映像&音声
23分20秒

 

・昔話は心の伝統。安易に内容を作り変えてはいけない

「昔話というのは、本来、大変厳しい、荒々しい、むごい要素を持っているわけです。それが、戦後、限りなく優しいものだけをよしとする時代になって、敗戦後の日本人たちの中で、そういう話を子供たちに与えることをやめましょうという運動が起こった。あるいは語り変えてしまう、話の内容まで変えてしまう、よその国のグリムの話まで全部変えてしまう、そんな本が出たわけです。僕は、我々の祖先たちの心の伝統というものを無視した何と知識の貧しい人たちだろうと思っていました。」

・言葉狩りについて

「我々日本人の長い英知、人間としてのよりよい生き方というのはこういうものだったんだよ、ということを教えてくれるのは、やはり古典なんです。そして、歴史よりもより細やかにその心を伝えてくれるのは、我々の祖先たちが残していった文学遺産ですけれども、そういうものが、一部のプランナーの思いつきみたいな形で、ひょいひょいと変えられていく軽薄な世の中というものをつくづく思わないではいられないわけです。」

 

<今様 昔話>


鳥けもの 飢ゑてさすらひ殺さるる 哀れをすらや。人は楽しむ

鋏もて舌を切らるる子雀の かなしき声を 親は語らず

血まみれの子を抱(いだ)く母。今の世の酒呑(しゅてん)童子は 車馳せくる

森ふかく木の実拾ふと入りゆきて 子らは帰らず。夕焼くる空

呼び交し ちるちる みちる啼く声は 鬼の竈(かまど)に煮られゆく子ら

親が子を 子が親を殺す世なりけり。継子話もかたる甲斐なき

赤頭巾が 白き頭巾を看とりゆく 森の奥処(おくか)の闇 おそろしき

母の乳房くちに含みて とろとろと 老いの心は 呆けゆくなり




岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2006 (C)岡野弘彦・財団法人エンゼル財団