目次
1. 親など立ち添ひもてあがめて、おひさきこもれる
2. 人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて
3. 世の好きものにて、ものよく言ひとほれるを
4. なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの
5. 「もとのしな、ときよのおぼえうちあひ...
6. 父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ

収録講義映像:著作権者 実践女子大学生活文化学科生活文化研究室 2001

1.親など立ち添ひもてあがめて、おひさきこもれる

テキスト・52頁16行目より

親など立ち添ひもてあがめて、おひさきこもれる、窓のうちなるほどは、たゞかたかどを聞き伝へて、心を動かす事もあめり。かたちをかしく、うちおほどき、若やかにてまぎるゝ事なき程、はかなきすさびをも人まねに心を入るゝ事もあるに、おのづから一つゆゑづけて、しいづる事もあり。見る人、おくれたる方をば言ひ隠し、さてありぬべきかたをばつくろひてまねび出だすに、それしかあらじと、そらに、いかゞはおしはかり思ひくたさむ。まことかと見もて行くに、見劣りせぬやうはなくなむあるべき」と、うめきたるけしきも恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど我おぼしあはする事やあらむ、うちほゝゑみて、(源氏)「そのかたかどもなき人はあらむや」と宣へば、(中将)「いとさばかりならむあたりには、誰れかはすかされ寄り侍らむ。とる方なく口をしききはと、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数等しくこそ侍らめ。

2.人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて

テキスト・53頁10行目より

人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るゝ事おほく、自然にそのけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々、おのがじゝのたてたるおもむきも見えて、わかるべき事かたがた多かるべき。下のきざみといふきはになれば、殊に耳たゝずかし」とて、いとくまなげなる気色なるもゆかしくて、(源氏)「その品々やいかに。いづれを三つの品におきてか分くべき。本の品高く生まれながら、身はしづみ、位みじかくて人げなき。又、なほ人の上達部などまでなりのぼり、我はがほにて家のうちを飾り、人におとらじと思へる、そのけぢめをばいかが分くべき」と問ひ給ふ程に、左の馬の頭、藤式部の丞、御ものいみにこもらむとて参れり。

3.世の好きものにて、ものよく言ひとほれるを

テキスト・54頁2行目より

世の好きものにて、ものよく言ひとほれるを、中将まちとりて、このしなじなをわきまへ定め争ふ。いと聞きにくき事多かり。

「なりのぼれども、もとよりさるべきすじならぬは、世の人の思へる事も、さはいへど、なほ異なり。また、もとはやむごとなきすじなれど、世にふるたづき少なく、時世に移ろひて、おぼえおとろへぬれば、心は心として、ことたらず、わろびたる事ども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞおくべき。受領といひて人の国の事にかゝづらひ営みて、品さだまりたる中にも、又きざみきざみ有りて、中の品のけしうはあらぬ、えり出でつべき頃ほひなり。

4.なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの

テキスト・54頁10行目より

なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの、世のおぼえくちをしからず、もとのねざしいやしからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。家の内にたらぬ事など、はたなかめるまゝに、はぶかず、まばゆきまでもてかしづける娘などの、おとしめがたくおひいづるも、あまたあるべし。宮仕へにいでたちて、思ひかけぬさいはひ取り出づるためしども多かりかし」など言へば、(源氏)「すべてにぎはゝしきによるべきななり」とて、笑ひ給ふを、(中将)「こと人の言はむように心えずおほせらる」と、中将にくむ。

5.「もとのしな、ときよのおぼえうちあひ...

テキスト・55頁2行目より

「もとのしな、ときよのおぼえうちあひ、やむごとなきあたりの、うちうちのもてなしけはひおくれたらむは、さらにも言はず、なにをしてかくおひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うちあひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべき事とおぼえて、めづらかなることと、心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうちおき侍りぬ。さて世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむむぐらの門に、思ひのほかに、らうたげならむ人の、とぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。いかではたかゝりけむと、思ふよりたがへる事なむ、あやしく心とまるわざなる。

6.父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ

テキスト・55頁10行目より

父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ、せうとの顔にくげに、思ひやりことなることなき閨の内に、いといたく思ひあがり、はかなくしいでたることわざも、ゆゑなからず見えたらむ、かたかどにても、いかゞ思ひのほかにをかしからざらむ。すぐれてきずなき方の選びにこそ及ばざらめ、さるかたにて棄てがたきものをば」とて、式部を見やれば、「我が妹どもの、よろしき聞こえあるを思ひて宣ふにや」とや心うらむ、ものも言はず。「いでや、上の品と思ふにだに、かたげなる世を」と君はおぼすべし。白き御衣どものなよよかなるに、直衣ばかりをしどけなく着なし給ひて、紐などもうち棄てて、添ひ臥し給へる御ほかげ、いとめでたく、女にて見奉らまほし。この御ためには、上が上を選り出でても、猶あくまじく見え給ふ。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室