目次
1. はじめに
2. 光る源氏、名のみことごとしう
3. まだ中将などにものし給ひし時は
4. なが雨はれまなき頃、うちの御物忌さしつゞきて
5. つれづれと降り暮らして、しめやかなるよひの雨に
6. かたはしづつ見るに、(中将)「よくさまざまなるものどもこそ...

収録講義映像:著作権者 実践女子大学生活文化学科生活文化研究室 2001

1.はじめに

桐壺から帚木へ

・「いろこのみ」という言葉について
・「いろせ(夫)」「いろも(妹)」「いろね」「いろと」

2.光る源氏、名のみことごとしう

テキスト・50頁2行目より

光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれ給ふとが多かなるに、いとゞ、かゝるすきごとどもを末の世にも聞き伝へて、かろびたる名をや流さむと、しのび給ひける隠ろへ事をさへ、語り伝へけむ人のものいひさがなさよ。さるは、いといたく世をはゞかり、まめだち給ひけるほど、なよびかにをかしき事はなくて、交野の少将には笑はれ給ひけむかし。

3.まだ中将などにものし給ひし時は

テキスト・50頁6行目より

まだ中将などにものし給ひし時は、うちにのみさぶらひようし給ひて、おほいとのにはたえだえまかで給ふ。しのぶの乱れやと疑ひ聞ゆる事もありしかど、さしもあだめき目なれたるうちつけのすきずきしさなどは、好ましからぬ御本性にて、まれには、あながちにひきたがへ、心づくしなる事を、御心におぼしとどむる癖なむあやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。

4.なが雨はれまなき頃、うちの御物忌さしつゞきて

テキスト・50頁12行目より

なが雨はれまなき頃、うちの御物忌さしつゞきて、いとゞながゐ侍ひ給ふを、おほいとのにはおぼつかなくうらめしくおぼしたれど、よろづの御よそひ、なにくれとめづらしきさまに、調じ出で給ひつゝ、御むすこの君たち、たゞこの御とのゐ所の宮仕へを勤め給ふ。宮腹の中将は、なかに親しくなれ聞こえ給ひて、遊びたはぶれをも、人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり。右のおとゞのいたはりかしづき給ふ住みかは、この君もいとものうくして、すきがましきあだ人なり。里にても我がかたのしつらひまばゆくして、君の出で入りし給ふに、うちつれ聞こえ給ひつゝ、よるひる、学問をもあそびをももろともにして、をさをさたちおくれず、いづくにてもまつはれ聞こえ給ふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心のうちに思ふ事をも隠しあへずなむ、むつれ聞こえ給ひける。

5.つれづれと降り暮らして、しめやかなるよひの雨に

テキスト・51頁11行目より

つれづれと降り暮らして、しめやかなるよひの雨に、殿上にもをさをさ人ずくなに、御とのゐ所もれいよりはのどやかなる心ちするに、おほとなぶら近くて、書どもなど見給ふ。近き御厨子なる色々の紙なる文どもを引きいでて、中将わりなくゆかしがれば、(源氏)「さりぬべき少しは見せむ。かたはなるべきもこそ」と許し給はねば、(中将)「そのうちとけてかたはらいたしとおぼされむこそゆかしけれ。おしなべたるおほかたのは、数ならねど、ほどほどにつけて、書きかはしつゝも見侍りなむ。おのがじゝうらめしき折々、待ち顔ならむ夕暮などのこそ、み所はあらめ」と怨ずれば、やむごとなく切に隠し給ふべきなどは、かやうにおほぞうなる御厨子などに、うち置きちらし給ふべくもあらず、深く取り置き給ふべかめれば、二のまちの心やすきなるべし。

6.かたはしづつ見るに、(中将)「よくさまざまなるものどもこそ...

テキスト・52頁4行目より

かたはしづつ見るに、(中将)「よくさまざまなるものどもこそ侍りけれ」とて、心あてに(中将)「それか、かれか」など問ふなかに、言ひ当つるもあり、もてはなれたる事をも思ひよせて、疑ふもをかしとおぼせど、こと少なにて、とかく紛らはしつゝ、とり隠し給ひつ。
(源氏)「そこにこそ多くつどへ給ふらめ。少し見ばや。さてなむ此の厨子も心よく開くべき」との宣へば、(中将)「御覧じどころあらむこそかたく侍らめ」など聞こえ給ふついでに、
(中将)「女の、これはしもと難つくまじきは、かたくもあるかな、と、やうやうなむ見給へ知る。たゞうはべばかりのなさけにて走り書き、をりふしのいらへ、心えてうちし、などばかりは、随分によろしきも多かり、と見給ふれど、そも、まことにその方をとりいでむ選びに、必ず漏るまじきはいとかたしや。我が心えたる事ばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室