目次
1. 引き入れのおとゞのみこばらに、ただ一人かしづき給ふ...
2. おまへより、内侍、宣旨うけたまはり伝へて
3. ひだりのつかさの御馬、蔵人所の鷹すゑて、賜はり給ふ。
4. その夜、おとゞの御さとに、源氏の君まかでさせ給ふ。
5. このおとゞの御おぼえいとやむごとなきに
6. 源氏の君は、うへのつねに召しまつはせば...

収録講義映像:著作権者 実践女子大学生活文化学科生活文化研究室 2001

1.引き入れのおとゞのみこばらに、ただ一人かしづき給ふ...

テキスト・45頁17行目より

引き入れのおとゞのみこばらに、ただ一人かしづき給ふ御むすめ、東宮よりも御気色あるを、おぼしわづらふ事ありける、この君に奉らむの御心なりけり。うちにも御気色たまはらせ給へりければ、(主上)「さらば、この折りの後見なかめるを、そひぶしにも」と、もよほさせ給ひければ、さ思したり。 さぶらひにまかで給ひて、人々おほみきなど参るほど、みこたちの御座のすゑに、源氏つき給へり。おとゞ気色ばみ聞え給ふ事あれど、もののつゝましき程にて、ともかくもあへしらひ聞え給はず。

2.おまへより、内侍、宣旨うけたまはり伝へて

テキスト・46頁8行目より

おまへより、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、おとゞ参り給ふべき召しあれば、参り給ふ。御禄のもの、うへの命婦とりて、賜ふ。白きおほうちぎに御ぞひとくだり、例のことなり。御さかづきのついでに、

(主上)「いときなきはつもとゆひに長きよを契る心は結びこめつや」

御こころばへありて、おどろかさせ給ふ。

(大臣)「結びつる心も深きもとゆひにこきむらさきの色しあせせずは」

と奏して、ながはしよりおりて、舞踏し給ふ。

3.ひだりのつかさの御馬、蔵人所の鷹すゑて、賜はり給ふ。

テキスト・46頁14行目より

ひだりのつかさの御馬、蔵人所の鷹すゑて、賜はり給ふ。みはしのもとに、みこたちかんだちめつらねて、禄どもしなじなに賜はり給ふ。
その日のおまへのをりびつもの、こものなど、右大弁なむ、うけたまはりて仕うまつらせける。屯食、禄の唐櫃どもなど、ところせきまで、東宮の御元服の折にも数まされり。なかなか限りもなくいかめしうなむ。

4.その夜、おとゞの御さとに、源氏の君まかでさせ給ふ。

テキスト・47頁5行目より

その夜、おとゞの御さとに、源氏の君まかでさせ給ふ。作法よにめづらしきまで、もてかしづき聞こえ給へり。いときびはにておはしたるを、ゆゝしう、うつくし、と、思ひ聞こえ給へり。をんな君は、すこし過ぐし給へるほどに、いと若うおはすれば、似げなく恥づかし、とおぼいたり。

5.このおとゞの御おぼえいとやむごとなきに

テキスト・47頁9行目より

このおとゞの御おぼえいとやむごとなきに、母宮、うちの一つ后腹になむおはしければ、いづかたにつけてもいと花やかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば、東宮の御おほぢにて、つひに世の中を知りたまふべき右のおとゞの御いきほひは、ものにもあらず、おされ給へり。御子どもあまたはらばらにものし給ふ。宮の御はらは、蔵人の少将にて、いと若うをかしきを、右のおとゞの、御なかはいとよからねど、え見すぐし給はで、かしづき給ふ四の君にあはせ給へり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御あはひどもになむ。

6.源氏の君は、うへのつねに召しまつはせば...

テキスト・48頁1行目より

源氏の君は、うへのつねに召しまつはせば、心安く里住みもえし給はず。心のうちには、ただ藤壺の御ありさまを、たぐひなしと思ひ聞こえて、「さやうならむ人をこそ見め。似る人なくもおはしけるかな。おほいとのの君、いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかず」おぼえ給ひて、をさなきほどの心ひとつにかゝりて、いと苦しきまでぞおはしける。おとなになり給ひてのちは、ありしやうに、みすのうちにも入れ給はず、御あそびの折々、ことふえのねに聞えかよひ、ほのかなる御こゑを慰めにて、内住みのみ好ましうおぼえ給ふ。五六日さぶらひ給ひて、おほいとのに二三日など、たえだえにまかで給へど、ただ今は、をさなき御ほどに、罪なくおぼしなして、いとなみかしづき聞こえ給ふ。御かたがたの人々、世の中におしなべたらぬを選りとゝのへすぐりて、侍はせ給ふ。御心につくべき御あそびをし、あぶなあぶなおぼしいたづく。
うちには、もとの淑景舎を御ざうしにて、母みやす所の御かたの人々、まかで散らず、侍はせ給ふ。さとの殿は、修理職内匠寮に宣旨くだりて、になう改め作らせ給ふ。もとのこだち、山のたゝずまひ、おもしろき所なりけるを、池の心広くしなして、めでたく作りのゝしる。かゝる所に、思ふやうならむ人をすゑて住まばやとのみ、嘆かしうおぼしわたる。
光る君といふ名は、こまうどのめで聞こえて、つけ奉りける、とぞ言ひ伝へたる、となむ。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室