目次
1. そのころ、高麗人の参れる、なかに、かしこき相人ありけるを
2. 弁も、いとざえかしこきはかせにて、言ひかはしたることども...
3. おのづから事ひろごりて、もらさせ給はねど
4. 年月にそへて、御息所の御ことをおぼし忘るゝ折なし
5. はゝぎさき、「あなおそろしや。東宮の女御のいとさがなくて...
6. ふぢつぼと聞ゆ。

収録講義映像:著作権者 実践女子大学生活文化学科生活文化研究室 2001

1.そのころ、高麗人の参れる、なかに、かしこき相人ありけるを

テキスト・41頁3行目より

そのころ、高麗人の参れる、なかに、かしこき相人ありけるを、聞しめして、宮のうちに召さむことは、宇多のみかどの御いましめあれば、いみじうしのびて、この御子を鴻臚館につかはしたり。御うしろみだちて仕うまつる右大弁の子のやうに思はせて、ゐて奉るに、相人おどろきて、あまたたびかたぶきあやしぶ。(相人)「国の親となりて、帝王の上なき位に昇るべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ。おほやけの固めとなりて、天下を輔くるかたにて見れば、亦その相たがふべし」と言ふ。

2.弁も、いとざえかしこきはかせにて、言ひかはしたることども...

テキスト・41頁9行目より

弁も、いとざえかしこきはかせにて、言ひかはしたることどもなむ、いと興ありける。ふみなど作りかはして、けふあす帰り去りなむとするに、かくありがたき人に対面したる喜び、帰りては悲しかるべき心ばへを、おもしろく作りたるに、御子もいとあはれなる句を作り給へるを、かぎりなうめで奉りて、いみじき贈り物どもをさゝげ奉る。おほやけよりも、おほくのもの賜はす。

3.おのづから事ひろごりて、もらさせ給はねど

テキスト・41頁15行目より

おのづから事ひろごりて、もらさせ給はねど、東宮のおほぢおとどなど、「いかなることにか」と、おぼし疑ひてなむありける。みかど、かしこき御心に、やまと相をおほせて、おぼしよりにける筋なれば、今までこの君をみこにもなさせた給はざりけるを、「相人はまことにかしこかりけり」とおぼして、「無品の親王の外戚のよせなきにてはたゞよはさじ。わが御世もいとさだめなきを、たゞ人にて、おほやけの御うしろみをするなむ、行くさきも頼もしげなめる事」とおぼし定めて、いよいよみちみちのざえを習はさせ給ふ。きはことに賢くて、たゞ人にはいとあたらしけれど、親王となり給ひなば、世の疑ひ負ひ給ひぬべくものし給へば、宿曜の賢き道の人にかんがへさせ給ふにも、同じさまに申せば、源氏になし奉るべく、おぼしおきてたり。

4.年月にそへて、御息所の御ことをおぼし忘るゝ折なし

テキスト・42頁9行目より

年月にそへて、御息所の御ことをおぼし忘るゝ折なし。慰むやと、さるべき人々参らせ給へど、「なずらひにおぼさるるだにいとかたき世かな」と、うとましうのみ、よろづにおぼしなりぬるに、先帝の四の宮の、御かたちすぐれ給へる聞こえ、高くおはします。ははぎさき、よになくかしづき聞こえ給ふを、うへに侍ふ内侍のすけは、先帝の御時の人にて、かの宮にも親しう参り馴れたりければ、いはけなくおはしましし時より見奉り、今もほの見奉りて、(典侍)「うせ給ひにし御息所の御かたちに似給へる人を、三代の宮づかへに伝はりぬるに、え見奉りつけぬを、きさいの宮の姫宮こそ、いとようおぼえて、おひいでさせ給へりけれ。ありがたき御かたち人になむ」と奏しけるに、「まことにや」と御心とまりて、ねんごろに聞こえさせ給ひけり。

5.はゝぎさき、「あなおそろしや。東宮の女御のいとさがなくて...

テキスト・43頁2行目より

はゝぎさき、「あなおそろしや。東宮の女御のいとさがなくて、きりつぼの更衣の、あらはにはかなくもてなされにしためしもゆゝしう」と、おぼしつゝみて、すがすがしうもおぼしたたざりけるほどに、后もうせ給ひぬ。
心ぼそきさまにておはしますに、(主上)「たゞ、わが女みこたちの同じ列に思ひ聞えむ」と、いとねんごろに聞こえさせ給ふ。さぶらふ人々、御うしろみたち、御せうとの兵部卿のみこなど、「かく心細くておはしまさむよりは、うちずみせさせ給ひて、御心も慰むべく」など、おぼしなりて、参らせ奉り給へり。

6.ふぢつぼと聞ゆ。

テキスト・43頁11行目より

ふぢつぼと聞こゆ。げに御かたちありさま、あやしきまでぞおぼえ給へる。これは、人の御きはまさりて、思ひなしめでたく、人もえおとしめ聞こえ給はねば、うけばりてあかぬ事なし。かれは、人の許し聞こえざりしに、御こゝろざしあやにくなりしぞかし。おぼしまぎるとはなけれど、おのづから御心うつろひて、こよなうおぼし慰むやうなるも、あはれなるわざなりけり。
源氏の君は、御あたり去り給はぬを、ましてしげく渡らせ給ふ御かたは、え恥ぢあへ給はず。いづれの御かたも、われ、人に劣らむ、と、おぼいたるやはある。とりどりにいとめでたけれど、うちおとなび給へるに、いと若ううつくしげにて、せちに隠れ給へど、おのづからもり見奉る。
母みやす所も、かげだにおぼえ給はぬを、「いとよう似給へり」と、内侍のすけの聞えけるを、若き御こゝちに、いとあはれ、と思ひ聞こえ給ひて、常に参らまほしく、なづさひ見奉らばや、と、おぼえ給ふ。



岡野弘彦先生 源氏物語全講会 2001 (C)岡野弘彦・実践女子大学生活文化学科生活文化研究室