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・漢語をほとんど使わず、大和言葉のみで書かれた『源氏物語』
「驚くべきことは、10世紀に生まれた女性、11世紀の初めまで、あの膨大な『源氏物語』の中に、漢語はないと言ってもいいんです。もちろん「頭の中将は」とか言って出るときは、中将というのは官職として、大宝律令何とかかんとかで支那の制度を入れていますから、その位を持っている人が出てくるときは、その位をつけて言わなければいけないけれども、地の文章は98〜99%大和言葉だけ。だから、これだけ見ましても、あの時代にほとんど漢語を入れないで、これだけの大文学が日本にできたということは、やはり“日本文明”なんですよ」
・英語における雅語と通俗語
「よく言われますけれども、お百姓さんが飼っている間はオックスであり、カウであるけれども、ちゃんと料理するとビーフになるとか、飼っている間はスワインであり、ピッグであるけれども、料理するとポークになるとか、その辺で牧畜しているときはシープ(羊)だけれども、テーブルに上がるとマトンだとか、食べ物で言えばそのように、それから、ちゃんとした椅子はチェアだけれども、これはフランス語系ですね。一番粗末な椅子はスツールと言うでしょう。スツールの方は大和言葉なんですよ。ところが、そんな(イギリスの)「大和言葉」だけを並べると、とても通俗というか、低いものしか残っていないんですよ。何と言っても、王朝も、フランス王朝になった時代――ノルマン王朝ですけれども――がありますから、その辺、(ウェイリーの英訳した『源氏物語』では)日本の大和言葉がイギリスの大和言葉に相当する言葉では表現されていません」
・文明の極点に同類性を感じる
「僕は、妙な話ですけれども、一つの文明の極点というのは、どこかで変な同類性を感じることがあるなと思ったのは、これは証明しようがないので、私の感覚だけなんですけれども、たまたま娘のためにお雛様を飾ったときに、バッハの『ブランデンブルグ協奏曲』をかけたんです。そうすると、お雛様の雰囲気に合うんですね。何だろうと考えると、お雛様が発達したのは、江戸という非常に平和な時代に、さらに1000年前か数百年前の平和な平安朝をあこがれてつくったものですね。江戸時代の大名とか大町人の家の女たちの世界というのは、やはり贅沢であり、今とは多少ずれているけれども、茶の湯でも、お香でも、何でもかんでも、局地的な洗練はあったと思うんです。そうすると、西洋音楽の最高峰の時代、ハイドンが出、モーツアルトが出、バッハが出るというような時代の音楽は、日本の平安朝をあこがれて、徳川時代の平安朝の豊かな階層がつくった人形遊びと合うんですね、私の感覚では。これは面白いと思うんです」
・第一次世界大戦後だから受け入れられた源氏物語
「ミルワード先生に、『ヴィクトリアン朝だったら、源氏を訳しても影響力がなかったでしょう』と言ったら、はっと驚いたような顔をして『そうだったでしょう』とおっしゃいましたけれども、やはりあれは第1次大戦後のインテリ階級からなんですよ。あのインテリ階級の中では、あそこに出てくるように、ヴァージニア・ウルフなんかも男に交じってやれるわけですよ。それは日本では平安朝でやっていた話なんですね。(中略)恋愛の歌ですから、生々しいのもあります。
朝寝髪吾はけづらじ愛(うるは)しき君が手枕(たまくら)触れてしものを 柿本人麻呂
朝の髪は自分は梳かしたくないんだ、あなたが夕べ手で触れたんだから、などという歌は生々しいよね。ところが、
しるべせよ跡なきなみに漕ぐ舟の行方も知らぬ八重のしほ風 式子内親王
というのは、恋も愛も何にも出てこないんですが、何となく舟で漂った気持ちで、どうしたらいいかわからないという気持ちがそこにある。これは恋歌ですから、このぐらいの象徴性になると、20世紀のフランスの象徴詩の一番優れたものよりも優れているぐらいの洗練度ですね」
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