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・外来の信仰と結びついた「たなばた」
「七夕と書いて、あれを「たなばた」と読むのは、どうしても漢字の中からは出てこない。日本のたなばた信仰というものがそれ以前にあって、水のほとりで常に訪れてくる聖なる神を迎えて、神を待って、そして布を織っている、そういうたなばたつめという信仰が固有にあったから、やがてそれが奈良時代の乞巧奠(きこうでん)、星祭の外来の信仰とくっついて、専ら中国の星祭的な信仰、考え方が、万葉集なんかでもたくさんの歌に詠まれている。また、平安朝の多くの歌に詠まれていく。」
・岩長姫、木花咲耶姫
「たなばたつめとして、まさしく地上から少し高い棚、あるいは桟敷というふうな聖なる場所をつくって、そこで時を限って――やがて1年に一遍、聖なる神が訪れてくると、新しい年がやってくる、春がやってくるということになるわけですが、その聖なる訪れ人を待ち受けて、その人に着せるための機を織り、水のほとりで聖なる時を過ごしている。そういう女性があって、それをたなばたつめと言ったのだろうと思います。」
・妬心の女神、妬心の皇后
「仁徳天皇のお妃、皇后になった磐姫(いはのひめ)という女性が、また大変激しい焼き餅の女性であります。さすがの仁徳天皇も辟易するような女性で、古事記の中にその物語が細やかに伝えられています。これはもちろん物語ですから――物語といいますのは、魂を宿している語りなのだと折口信夫は言っています。」
かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根(いはね)し纏(ま)きて死なましものを
(万葉集 巻2 相聞歌)
秋の田の穂の上(へ)に霧(き)らふ朝霞いづへの方にわが恋ひやまむ
(万葉集 巻2 相聞歌)
・源氏物語の女性たち
「紫式部というのは日本紀の局(つぼね)とまで言われて、漢籍なんかにも大変な教養を持っていたわけですけれども、あのころの社会は、女性の倭魂、倭心を大事にするのが女性の文学の伝統、つまり日本固有の伝統を守っていくのが。男の方は、漢詩漢文、そして漢才(からざえ)というものを誇ったわけありまして、その漢才や仏教的な宗教観というものが、日本的な伝統を抑えてしまう。そのぎりぎりのところで、日本的な伝統の心を『源氏物語』の中に綾織の多様な折り目を出しながら展開していったのが、紫式部という女性の優れたところである。つまり古代を非常に新しい形で次の時代に展開させる、そういう才能を男性の及ばない形で持っていた女性でもあったというふうなことが言えるだろうと思います。」
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