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5.日本の言語教育への提言
日本人の言語観の素晴らしさは和歌に現われている。和歌は短くて覚えやすく、和歌の傑作を覚えることが大事である。ダンテも物語のなかにウェルギリウスを登場させている。ダンテがウェルギリウスの詩を覚えていたように、ダンテ以降のイタリア人はダンテの詩を覚えるようになった。これと同様に、和歌を何度も詠み、覚えることで、自分が作った歌でなくとも、日本語の美しさを口に出すことができる。やがて、自分もそのように表してみたくなることもなる。 教育で詩を覚えさせていけば、言葉に対する愛が生まれるのではないか。あえて詩の感想を求めなくとも、沈黙の中で味わうのでよい。言葉の美しさを体験させる教育が求められる。(今道友信先生)
6.日本の芸術教育について
芸術教育はガルブレイスのいう「レジャーの楽しみ方」の核となるところではないか。(松田義幸先生)
戦争とイデオロギーの20世紀に対し、21世紀は観光・文化の時代にならねばならない。そのためには、見て感動することの訓練が必要であり、その際に教養が要求される。ドナテッロが批判の目を求めてパドヴァからフィレンツェに帰ったという逸話が示すように、芸術に対する自律した見方を教育することが必要になる。(田中英道先生)
戦後日本の音楽・美術教育において、実技教育は発達したが、鑑賞教育は決定的に欠けている。大人は子供に対して、美術館やコンサートホールで芸術を鑑賞する見方・聴き方を手ほどきしてほしい。(樺山紘一先生)
作品のよさを発見するというクリティークの精神。志(こころざし)を復活させるためには、教育の厳粛さも必要になる。(今道友信先生)
美術、音楽、書物、いずれにおいても世界のよいものを見聞きすることが重要である。これからのより深い芸術・文化交流の時代において、日本人には内外の世界遺産への配慮が求められる。 (松田義幸先生)
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