・1468年 マルシリオ・フィチーノ、プラトン全対話篇の翻訳完了
「とにかく、マルシリオ・フィチーノという人がプラトンを全部翻訳します。そういう仕事は非常に偉大な仕事であって、皆がそれでプラトンを読めるようになってくるのですが、プラトンの考え方というのを、直接にダンテの「神曲」の中で「これがプラトニズムだ」というようなことはなかなか言いにくいことなのです。なぜかというと、ダンテの神学や哲学は、基本的にはトマス・アクィナスを受け継いでいて、そしてトマス・アクィナスは実際、アラビアのアリストテレス研究に従って深めていった人です。ですから、ダンテの「神曲」と直接に哲学的あるいは神学的に関わるのはアリストテレスのほうですが、またアリストテレスがプラトンの弟子でもあったということを見ますと、やはりどうしてもプラトニズムの大事さは、フィレンツェの15世紀からの文化にとって忘れてはならないことになります。」(今道先生)
・「理念」と「理想」はどう違うか
「理念と理想の違いは、理念というのは人間がこしらえあげるというよりも、それに向かって一生懸命考えて、少しずつ迫っていく、考えが浄化していくようなものであって、どんな人も理念をそのままに捕まえることはできません。でも、この理念と理想の違いをはっきりと理解することは大事で、両方ともあこがれの対象だと思いますが、理念はこの世に絶対にないものです。
(中略) プラトンはそういう絶対的な存在で、しかも人間のあこがれの究極に輝いているようなものを、哲学の世界に明瞭に表現し得た最初の人ではなかったかと思います。ですから、プラトニズムというと、現実を離れた観念主義とか、理想主義と言われますけれども、理想主義ではなくて理念主義なのです。
」(今道先生)
・ただ生きることではなく、よく生きることが大事
「「生きる力を学べ」と言うのでしたら、私は「ゴキブリに倣いなさい」と言っているのです。「ただ生きるのではなくて、よく生きることが大事だ」とプラトンは言っているのです。よく生きるためにはどうしたらよいかというと、理想を追求し、理想がわかってきたら、理念を考えるようにしろと。そうすると、一生のうちに「もうこれでいい」ということはない、無限の進歩というのが自分の中に、形として現れなくても、考えとして出てくるだろうと言っています。」(今道先生)
Q. ダンテの『神曲』に表れた文体、清新体はプロバンス、カタロニア等でもあったけれども、実際にどういう作品があるのか?
Q. ダンテの『神曲』をテーマとした絵画をもっと紹介してください。
Q. 当時の人々は『神曲』をどの程度読んでいただろうか。どのように評価していただろうか?
Q.ミケリーノのダンテ『神曲』の詩人が大聖堂に掲げられているけれども、そもそも『神曲』の中には地獄に落ちた教皇様のこともあるではないか。こんな問題のある表現も、大聖堂で大丈夫だったのか?
Q.ノスタルジーを『郷愁』と訳したのと同様、“La Divina Commedia”を『神曲』と訳したこともすばらしい。小学生の頃、神の曲、音楽なのだと思っていた頃が懐かしい。文字による音楽もあり得るのではないか?
Q.ダンテは『神曲』の中にキリスト教世界観を解釈していると同時に、中世を覆うキリスト教神学から脱却するために、1つの新しい時代の展望と場所としたと考えますが、いかがでしょうか?
Q.今道先生が生涯でお会いになった方の中で、知・情・意、冷静で、印象に残る方をお聞かせください。
|