・Novaraの異端者 ドルチーノとその集団の籠城事件
「ダンテが1302年にフィレンツェを出てから、ちょうどその時期から始まって約5年間、北イタリアの現在のNovaraという町の北方の山の中に、その当時ドルチーノという人物がいました。正確にはドルチーノが率いた数多くの異端たちの集団が籠城していました。城に籠もっていました。この人々は、当時のキリスト教会に対して強い異議、申し立てをしました。…」
・チマーブエの時代からジョットの時代へ
「ダンテが北イタリアを流浪し、亡命の暮らしをやっているときに、このジョットは北イタリアで作品を描いていましたので、どこかで会ったということは十分あり得ます。とりわけ1304年から1306年、つまりダンテがフィレンツェを離れて2年あと、北イタリアのパドヴァという町で、スクロヴェーニ礼拝堂の有名な壁画をジョットは制作中でありました。すでにその当時かなり評判でありましたので、ことによるとダンテはある時期、このパドヴァで制作途上である作品を見たかもしれない。」
・パオロとフランチェスカの事件/ウゴリーノと子供たち
「「神曲」の中には、1302年から始まり1321年に至る20年間、イタリアで、とりわけ北イタリアで起こったいろいろな事件がぎっしりと詰まっています。現在であれば、おそらく週刊誌が取り上げるような話、パオロとフランチェスカの不義の物語などは、いまの週刊誌だったら本当に喜んで飛びつきそうな話です。ウゴリーノと子供たちも、ついこの間どこかであったような事件です。ドルチーノたちの反乱の事件は、日本でしたらさしずめ浅間山麓だか富士山麓でついこの前起こったような事件と全く同じ話でありまして、週刊誌だったら飛びつきそうな話です。でも、それを週刊誌のゴシップネタではなくて、文字通り、当時のヨーロッパ全体を組み込むような巨大な詩の形にして仕上げていった。このようなダンテに、私たちはとても強い関心と、また興味をいだいてきたのであります。」
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