目次 1.本居宣長の『古事記伝』 2.日本の神話の柱 3.本居宣長の「もののあはれ」論
・宣長以前は『日本書紀』のほうが圧倒的に評価が高かった ・『古事記』の再評価を生んだ宣長の仕事 天地初発之時。於高天原成神名天之御中主神。次高御産巣日神。次神産巣日神。此三柱神者。並独神成坐而。隠身也 (『古事記』「神代一之巻」) アメツチノハジメノトキ タカマノハラニナリマセルカミノミナハ アメノミナカミヌシノカミ ツギニタカミムスビノカミ ツギニカミムスビノカミ コノミハシラノカミハ ミナヒトリガミナリマシテ ミミヲカクシタマヒキ
・戦後の西郷信綱による『古事記』注釈のなかにも宣長が生きている ・古代の大和言葉を丹念にさかのぼった宣長の偉業
・『日本書紀』の天地創造は漢意(からごころ)の説明
古に天地未だ剖れず、陰陽分れざりしとき、渾沌れたること鶏子の如くして、ほのかにして牙を含めり。其れ清陽なるものは、薄靡きて天と爲り、重濁れるものは、淹滞ゐて地と爲るに及びて、精妙なるが合へるは搏り易く、重濁れるが凝りたるは竭り難し。故、天先づ成りて地後に定まる。然して後に、神聖、其の中に生れます。故曰はく、開闢くる初に、洲壌の浮れ漂へること、譬へば游魚の水上に浮けるが猶し。時に、天地の中に一物生れり。状葦牙の如し。(『日本書紀』「神代上」) 葦牙(あしかび)のごと萌え騰(あが)る物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神 (『古事記』) ・日本の神話の柱/語ることと歌うこと ・日本人は神をどう考えてきたか さて凡て迦微(カミ)とは、古御典等に見えたる天地の諸の神たちを始めて、(中略)尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云なり。すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神と云なり。(中略)又人ならぬ物には、雷は常にも鳴神神鳴など云ば、さらにもいはず。(中略)すぐれてあやしき物にて、可畏ければ神なり、木霊とは、俗にいはゆる天狗にて、漢籍に魑魅など云たぐひの物ぞ。(本居宣長『古事記伝』)
・日本における文芸論の先駆け ・歌と物語の響き合いのなかに「もののあはれ」の展開をみた宣長 ・国学者としての宣長/日本人の「モラスセンス」を追求する ・契沖、真淵を継承しつながらも国学を一段進めた本居宣長